EMフェスタ99 > 発表大会


事例発表 No.05
1999.11.6
慢性疾患に対するEM・Xの効果 体験報告
The Theater Event --------
Effectiv Microorganisms



 
アメリカ合衆国アリゾナ州マラナ市にあるマラナ高校へ通う15歳の高校生。趣味は乗馬。特にロデオの樽競争(馬に乗って樽の間を縫って走る競技)が得意。将来は看護婦など人を助ける仕事に従事したいと考えている。
Rachelle Morgan
(レイチェル モーガン)

アメリカ 15歳・学生



 まず、この機会を持ちまして比嘉先生、EM研究機構、EMテクノロジー社に感謝申し上げたいと思います。
 私はアリゾナ州・マラナという小さな農村地からやってきました。私はその土地で外に出て遊ぶことが好きで、動物たちと、とくに馬と遊ぶことが大好きです。そんな私ですが、生まれて13年間は、ずっと病院通いの日々でした。長い間の病院生活を通し、友人そして家族が一番大切であることも学びましたが、今日お話したいことは、病気である私がEMを使う前と後のことです。その成果を皆さんと分かち合いたいと思います。
 私はPCDという慢性疾患の病気を持っています。生まれて24時間目からずっと、私は入院生活でした。医者も詳細が分からないので、いろいろなテストをしたといいます。13年間、病院に通 い続け、手術もし、抗生物質もたくさん飲みました。13回目の手術をしたとき、耳で音を聞くこともできなくなり、医者は何かのアレルギーではないか、または肺結核ではないか、肺に膿がたまる病気ではないかと推測し、ある医者は年をとれば治るのではないかと言いましたが、15歳になっても私の病気に変化はありませんでした。


▲乗馬を楽しむレイチェル・モーガン

▲ 生まれてからずっと入院生活が続いていた

 1997年、ようやく私の病名が分かりました。その年、ノース・カロライナに特別な医者がいるというのでそこへ行き、週に2日間の検査を2週続けました。まるでモルモットになったような感じで、唯一の楽しみは週末にビーチで過ごすことでした。その検査が終わったあと、医者は、私の病名をPCDであると告げました。人間の鼻から肺に至る器官には、繊毛という体内の汚物を外へ出す機能を持つとても細かな毛が生えているといいますが、私の場合はそれがほとんど機能していないとのことでした。放射線によるテストでは、通 常の人の繊毛は肺に入ったその汚染物質をほとんど排除するのですが、肺筋腫の人では30パーセントしか排出されません。私の場合はそれよりも悪く、わずか8パーセントしか排出することができないという結果 が出たのです。この結果には医者もとても困っていました。その後もいろいろな治療を受け、抗生物質もたくさん飲みました。結核になったこともあり、中学校1年のときは、35日間も学校を休みました。


▲ 13歳 PCD(肝器官の慢性疾患)と診断される

 そんな厄介な病気を抱えた私が、比嘉先生とお会いしたのは1998年8月のことです。比嘉先生は私たちの小さな農村に来られ、まずビリー・ワージーさんと私の祖父に会いました。私の病気のことを比嘉先生に話したのはビリーです。比嘉先生は、私にEM・Xセラミックスの石を首にかけるようにと伝え、EM・Xもいただきました。私は先生のおっしゃるとおりに、セラミックスを首にかけてEM・Xを飲み続けようと思っていたのですが、母はまったく信じていませんでした。というのも、これまで数々の自然療法を試してきたのですが、結果はまったく出なかったからです。それでも母は、私のやることには反対せず、「抗生物質を飲み続けるのであれば、EM・Xも試してよい」と言いました。
 私は8月からEM・Xを飲み始め、10月2日、自らの意志で抗生物質を飲むことを止めました。もちろん母には内緒です。そんなことを言うとびっくりして「薬は飲み続けなさい」と言うに決まっているからです。
 その翌日、私は乗馬ショーに出場しました。こういう場に出るときには、私はいつもマスクを口に当てて参加していました。マスクなしでは病気にかかってしまうからです。しかし、その日はマスクを忘れてしまい、そのまま出場したのです。夕方、私は母に「私はもう薬は飲んでいないよ。マスクなしで乗馬ショーに出ても病気にはならなかった」と告白しました。10月2日以来、私は今まで薬を飲んだことはありません。


▲ EMを試して2ヶ月後 乗馬ショーに出場

 EMに出会うまで、私の生活はかなり限られたものでした。学校での体育にはぜんぜん参加できないし、みんなが外で遊んでいるときに一緒に楽しむこともできませんでした。自分の兄弟と遊ぶことさえできず、ときにはベッドから起き上がれないことさえあったのですから。体調の良いときにはスキーに行ったりハイキングに行ったりしたのですが、その翌日には自分の好きな乗馬もできないという状態でした。


▲ EM・Xの飲用前は大好きな外での遊びがなかなかできなかった

 しかし、EMに出会ってからというもの、学校の体育はもちろん参加できるし、先週は1.5マイル競争にも出ました。毎週1マイルは走っています。EMに出会う前には考えられないことです。EMに出会ってからの私は活発になりました。今年は3、4日学校を休みましたが、それは病院での検査を受けるためです。EM・Xを飲み始めてから、PCDの病気はまったく症状を出していません。
 このようにEMは私の健康状態を大きく変え、また私の考えも大きく変えました。人は自分にないものに悲観します。しかし、また、自分にあるものに幸せを感じることもできるのです。私は病気のために耳は聞こえませんが、命があります。自分には将来があるということをいつも感謝しています。私の生涯というものは挑戦であり、それが私自身を力強くしているのだと思います。EMは、私の身体と心を大きく変えた奇跡です。比嘉先生が私たちの小さな街に来られて、私の将来を変えたことは私にとってとても大きな出来事でした。
 私はその後、比嘉先生に機会をいただき、自分の仕事を持つようになりました。私は、"シェル ムーア"という馬の健康を診ていく会社を作りました。以前と比べると、私は羽をいただき、空を飛べるようになったといえるでしょう。比嘉先生、ありがとうございました。心から感謝を申し上げます。この場で発表する機会をいただいたことをうれしく思います。ありがとうございました。


▲ 抗生物質に頼らなくても、元気に走りまわれることができるようになった

▲ 大好きな馬の健康のためのカンパニー
(会社)をつくりました