EMフェスタ99 > 発表大会


事例発表 No.01
1999.11.6
EM善循環型地域(社会)づくり
The Theater Event --------
Effectiv Microorganisms




 1953年生まれ、広島県因島市出身。広島の大学卒業後、地元因島の生活協同組合勤務を経て、1994年社会福祉法人若葉因島であいの家クリーン事業部の職員となる。1997年4月より、生ゴミ処理プラントを導入して、福祉施設所員と共にEMを活用した生ゴミリサイクル肥料化事業に取り組み始める。「因島であいの家」では、従来の「施し」というイメージから、地域に対して生ゴミ活用という形での貢献をすることで、存在価値の確立(アイデンティティー)を目指し、この取り組みを実践している。
焼家 晃
(やきや あきら)
社会福祉法人若葉因島(いんのしま)
であいの家 クリーン事業部 主任援助員



 皆さん、こんにちは。広島県因島市から来ました焼家です。今日は短い時間ではありますが、EMを活用している私どもの取り組みを発表させていただきたいと思います。
 因島は人口約3万人の、全国でも珍しい1島1市です。はっさくの名産地としても有名で、その昔は村上水軍の拠点としても有名な所でした。隣にある生口島は日本画の平山郁夫画伯生誕の地として有名です。
 私の所属しているところは、「社会福祉法人若葉 因島であいの家」という、知的障害者の授産施設です。入所更正ではなく通所の授産施設で、法定定員36人ですが、無認可の方の作業も持っておりますので、両方含めますと約60人近い方が日中の活動の場として活用しておられます。
 その「因島であいの家」のクリーン事業部の工場は「ドリームズ工場」といい、私はそこの担当、そして指導員主任、援助員として作業をさせていただいております。
 「であいの家」では、それぞれの作業班、事業部が、日中のいろいろな作業活動を行っています。具体的には、市からの委託業務。主に公園やトイレ、パーキングの清掃、それ以外には、小型ではありますが木工製品、それから花などを作って販売しております。
 ちょうど今から4年ほど前に、知的障害を持った人たちの作業として、地域貢献、社会貢献につながるものはないだろうかと暗中模索していました。そんなとき、EMとの出会いがありました。
 最初の2年間くらいは、EMボカシづくりを中心に「EM事業部」という、メンバー2人からのスタートでした。何の知識も経験もない私にとって悪戦苦闘の日々でしたが、リサイクル工場を建てて地域貢献する夢は日に日に大きくなっていきました。その後約1年、「であいの家」の地域に向けた「EMを活用して生ゴミリサイクル」という取り組みを、数多くの説明会も含めて実践し、また、維持、継続して参りました。
 そんな中でメンバーは2人から4人へと増え、また、地域の女性、具体的に言いますと、各地域の女性の会、農協の婦人部の方々、それから地球環境やリサイクルに関心のある若いお母さんたちのグループ、そういった方たちの協力や、各家庭での生ゴミ発酵用バケツに対する市の公衛協(公衆衛生安全協議会)からの半額補助など、多くの人たちの参画を得ることができました。広島県では、東広島市に次いで因島市が2番目に、発酵用バケツに対して半額補助が付きました。その次に半額補助が付いたのが、尾道市です。


▲EMボカシあえ生ゴミペレット化する機械

▲地域の生ゴミを回収

▲回収生ゴミの水分調整機

 1997年4月、ついに夢見た工場(ドリームズ工場)が現実のものとなりました。竣工式のときに、メンバーの方々やメンバーの保護者の方々に、「これからまた、新しい夢のスタートです。いろいろなことにチャレンジしましょう!」と言った言葉を今でも大切にしております。
 EMボカシづくりは、全国の福祉施設でも多くのところが実践していますが、EMボカシあえした生ゴミを機械にかけてペレット化(顆粒状)するところは、一般の企業も含めて、まだ少ないと思います。現在、その機械を使用しまして、毎月約3トンの生ゴミを処理しております。回収の方法は、車輌を使って決めた場所まで曜日を決めて回収に行くところもありますし、直接、いっぱいになった発酵用のバケツを工場まで持って来てくださる人たちも増えております。回収した生ゴミを機械に通すと、ペレット状になったEM生ゴミの土壌改良剤(特殊肥料)が月約2トンできます。皆様もよくご存じのとおり、生ゴミというのはほとんどが水分です。ですから、水分調整で米ヌカなどを投入しているのですが、3トンの生ゴミを回収して2トンの特殊肥料が商品としてできるのです。


▲完成したペレット堆肥

▲ペレット乾燥機

 最初は、直径8ミリのペレットを作っておりましたが、すぐに4ミリへと移行し、現在では2ミリのペレットが主流になっております。どうしてこうなったのかと言いますと、お客さん、消費者のニーズになるべくあった商品づくり、ということを心がけた結果、こういうふうになってきました。使い古された言葉ではありますが、「お客さんのニーズにあった商品づくり」ということは、鉄則だと思います。より良い商品をより安く提供していくことも、こういう取り組みを維持継続していく上で非常に重要なことになるのでは、と思っております。
 大根や人参の切れっ端がまた土の中に戻って、自分たちと同じ大根や人参を成長させるエネルギーになる。そこに、地域住民のリサイクルという意識、当然、そこには地球環境という意識も含まれます。そういう意識があっての参画です。これこそ、善循環型リサイクルになると思います。


▲製品の袋づめ作業

▲EM生ゴミペレット堆肥で大きなナスが採れました

 地球環境やリサイクルに関心のある地域の女性の力、そしてお母さん方の支えがあったからこそ、現在まで私たちの取り組みが維持継続できたと思っていますし、評価されたのだと思っています。今でも、ありがたいことに、月に2、3回の工場見学の予定が県内外から入っています。「因島ではEMを使って面白い取り組みをしている所がある。ぜひ立ち寄って見学してみよう」と、6月くらいから多いときには週に3回くらい、それも大型観光バスで50人くらいがどーんと工場見学に来たり、そういうことが続いた日がありました。先月も今月も、それぞれ3回くらい県外からの工場見学の予定が入っております。
 今年の1月28日に、中国EMボカシネットワーク現地交流会が因島で開催されました。このとき参加されたEMボカシネットワーク比嘉節子会長からも「施設がEM生ゴミリサイクルの情報発信源になっている、素晴らしいモデルです」というありがたい言葉をいただきました。これからの夢に向かって大きなエネルギーになりました。この場をお借りして、感謝の意を伝えておきたいと思います。
 最後になりますが、いろいろな人たちの支援で、私たちの取り組みが可能になったと思っています。また、現在までこつこつと維持継続できた一番の要因は、知的障害を持った人たちと時を共有しながら、作業できたことと実感しています。当初2人のメンバーから始まったクリーン事業部も、現在9人になっています。私自身、毎日毎日、メンバーさんたちから大きなエネルギーをいただいています。工場が建つまでには、私の心も何度となく転びかけました。工場を建てて生ゴミリサイクル、そして地域貢献という夢も断念しかけたことも何度もありました。そんなとき、いつも周りのメンバーさんに、転びかけた、あきらめかけた心を起こしていただきました。
 これからも生ゴミリサイクルを通して地域貢献という大きな夢に向かって、メンバーさんとともにチャレンジして、共に人として成長できればと思っています。
 どうもありがとうございました。


▲クリーン事業部メンバー。機械の操作もおまかせ!