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国際EM事例発表
2004.11.14
■「産学官民」一体で瀬戸内海浄化 1

 村瀬 道幸(むらせ みちゆき)/Michiyuki Murase

 NPO法人瀬戸内海環境会議 事務局長
 1953年岐阜市生れ。1997年より広島県内の20の自治体にEMを推進。
世界水フォーラム、欧州EM会議等で国内外に紹介



 NPO法人瀬戸内海環境会議の村瀬と申します。今日は、瀬戸内海環境会議の活動について、私と瀬戸内海環境会議副理事長の池本さんの2人で発表させていただきたいと思います。



 瀬戸内海環境会議は、昨年、NPO法人として、「産・学・官・民」一体による「命」ということをテーマに、「命」が求める環境作りを願いとして、豊かな、そして、きれいな瀬戸内海を甦らせていこうということで、発足させていただきました。広島県に総合的な事務局を設置し、関西、それから四国にもエリアの体制を築いて、広域で進めさせていただいております。





 今日は、私の方からは特に「官」と「民」が一体となって、町作り、地域作りを進めてきた活動を中心にして、瀬戸内海でこのように甦ってきているかについて、事例を踏まえながら発表させていただきたいと思っております。



 6年前に、比嘉照夫先生がこの瀬戸内海をきれいにしようと呼びかけられたことが始まりでした。その時、私達はこんな広い瀬戸内海をきれいにするということは、まるで夢のような話だと思っておりました。ところが、こうして6年経ってみまして、そのことが決して夢ではなく、それを現実のものとして証し立てる様々な事例があちこちで起こるようになってきております。
 そういうことからEMは単なる技術ではなく、新しい時代を作る、そして地域作り、町作りのために、大きな働きを為すということを、今では実感として感じさせていただいております。そういう意味で、この働きを瀬戸内海から世界に発信していきたいと、本当にそんなふうに思っています。
 最初は、1人の海苔養殖者の兼田さんという方から始まりました。当初は今のような事になるとは、誰もが想像しておりませんでした。日量1日真水40トン、海水1,600トン、の海苔を洗浄する水にEMを処理し、シーズンで約10万トンが排水路に流れることによって、500メートルもヘドロが溜まっていたものが、一瞬で消えるということが起こりました。幅1メートル、高さ70センチあり、浚渫費が1,000万円かかると言われていました。このことで、いかにEMの働きがすごいかということを実感しました。そうしたびっくり現象を通して、これはできるんじゃないかということが、みんなの夢と希望になって広がってきました。
 そして、更にその10万トンに及ぶEM処理水が田島沖に流れることによって、未だかつて発生したことがないトリ貝が異常発生するようなことが起こり、漁獲の復活ということが起こってきました。大量にEMを流すと生態系を乱すんじゃないかというふうに言われていたことが、むしろ、ヘドロを消し、悪臭を消し、魚介類の復活にもなるということで、これは本当に大きな働きができるというふうに、まわしていただきました。



 平成12年には全国から大勢の人が内海町に視察に来ました。私達は、100件に及ぶ方々に対して受け入れをさせていただきました。そのことが大きな引金となって、有明海とか、伊勢湾とか全国に広がり、そしてまた近隣の瀬戸内海の自治体にも広がりました。特に安芸津町は、官民一体の町づくりの最初のモデルとして出発しました。それがもとで、広島県だけでも20近くに広がったということがあります。そういう意味で、このEMを活用した官民一体によるまた「産」にも関わる、こうした活動が、瀬戸内海をこのように復活し、浄化できるということをスライドを通して皆さんにご紹介したいと思います。



 この瀬戸内海の浄化が最初に始まったのは、内海町の海苔養殖者の兼田功さんからです。8月にEMで種付けして、12月には海苔を刈り取ります。



 これが、刈り取った海苔の加工場ですね。ここに、EMを使って海苔の洗浄をします。



 そして、大量に、EMを培養して、それを海苔加工場で使用します。



 ここが、3ヶ月ぐらいで約10万トンの排水が流れたところです。今まで幅1メートル、高さ70センチ、奥行き500メートルのヘドロが溜まっていたんです。これが、あっという間に消えました。それまで、浚渫費用がだいたい1,000万円かかったというふうにいわれていました。この驚きが瀬戸内海を蘇らせる大きな引き金になりました。



 河口域にも、30センチぐらいヘドロが溜まって悪臭を放っておりました。



 EMを流すことによってこのように、ヘドロが消えて、底のコンクリートの地肌が出るまでになっています。



 現在、平成16年には、箱崎港は、このように、透明度が4.5メートルにまでなっています。今、大阪湾を見ても、透明度は10センチぐらいです。瀬戸内海でこれほど透明度が上がっているところはありません。



 田島周辺のところでは、このように昔のきれいな瀬戸内海には、どこにでも生息していた、こういうホンダワラが繁茂するようになりました。



 そして、ここは田島の中で、人工で作ったクレセントビーチです。ここに砂を持ってきてつくったビーチに、去年からあさりが発生しました。自然発生することは、今、瀬戸内海では殆どなくなっているのに、人工の浜辺で出たということは大変驚異です。今年は、潮干狩りで1,000人の方が、ここへ来るまでにもなりました。これは1つの産業興しにもなりました。



 そして、ここが内海湾です。ここにヘドロが溜まっていたので、干潟をきれいにしようということで、100人の住民がEM団子を4,000個、EM活性液3トン、EMXのセラミックを200キロ投入することによって、



 1年も経たないうちにヘドロが消えました。そして、このように「すじあおのり」といいますが、よくお好み焼きに使う海苔ですが、こういう食べられるような海苔がびっしりと生息するようになっています。1メートル溜まっていたヘドロも、今は消えています。



 そして、これが先ほどの内海町ですね。ここから10万トンの排水が田島沖に流れて、いろんな魚介類が復活する現象が起こりました。



 平成11年には、未だかつてとれた事のないトリ貝が異常発生して、40隻の船が出て、4,000万円の水揚げをしました。そして、普通は10年後しかトリ貝は採れないと言われるんですが、次の年にも、約5倍近くの180隻の船が出るということも起こりました。



 田島沖の「走島漁業組合」の漁獲データーです。ここは、特に、カタクチイワシ業で有名ですが、これが平成5年からどんどんと激減しました。そして、平成10年に兼田さんがEM処理をして10万トン流すようになりましてから、漁獲がどんどん上がるようになりました。



 そして、カタクチイワシ、海老などの、様々な水生生物の漁獲が最低の2,200トンまで落ち込んだのが、EMを流すようになってから上昇し、今では4,500トン、約2倍近くにまで上がるようになっています。



 ここは田島から、10キロ離れた尾道の山波の州です。ここは、アサリの潮干狩りで大変有名なところです。



 ここも、今日では1日に1,000人を超す潮干狩り客が訪れるようになっています。



 アサリの漁獲が、昭和63年の時には1,500トン近くありました。それが激減しまして、平成10年には20分の1の88トン。それがEMを流し始めましてから、今はどんどん上がってきています。



 潮干狩りも、平成10年には1,500人しか来ていなかった。その時には1人が2キロしか採れませんでした。それが、EMを流すようになって、平成14年からは2万人、そして今年は3万人を越えるようになりました。全体の漁獲も、350トンぐらいまで上がるようになりました。



 本郷町でもEMを使っております。





 本郷町には、「椿き家」さんという、豆腐を製造する工場があります。この浄化槽の中にEMを使うようになりました。平成12年から日量150トンの浄化槽に毎週2tEMを投入しました。それが、2ヶ月も経たないうちに、このように沈殿槽が3.5メートルまで透明度がきれいになりまして、BODの数値が、0.5ppmという、いわゆるNDクラスまでになるようになりました。



 そして、その放流水がこの排水路に流れてきて、ここにヘドロが溜まっておりましたが、これがEMの処理水を流してからは、全くなくなってきれいになりました。



 今、年間5万トンのEM処理水が沼田川に流れています。



 ここの図にありますように、これが「椿き家」さんですね。そしてこの処理水がずっと沼田川を通って尾道水道に入って、山波の州へ、そしてずっと行って田島へいく。そういう流れがあります。これが上げ潮ですね。



 そして、今度は下げ潮で、さきほどと逆に、田島から山波の州、尾道水道、三原湾を通って、流れてきます。ですから、山波の州のアサリの復活は、両方のEM処理したものが影響して、あのような異常現象になったと思います。



  そして、三原湾は、タコの漁獲で大変に有名なところです。それも、年間80トン獲れたのがどんどん激減してきましたが、EMを使うようになって、特に平成10年に椿き家さんが使うようになりましてからは、最高にタコも獲れるようになってきています。現在が年間107トンです。



 そして、ここが安芸津町です。内海町をモデルにして、官民一体で町ぐるみの活動を始めたところです。



 このように安芸津町は、「環境美化及び浄化に関する条例」を施行しました。住民がEMを使って、積極的に環境を浄化するという条例を出したところです。



 役場には、培養機2台を設置していまして、1ヶ月に26トンの活性液を作ります。そして、それをペットボトル500ミリリットルに入れて、住民に無料頒布します。そして、4,000所帯のうちの2,600所帯の住民の方が、このEM活性液を使って米のとぎ汁と発酵させて、それをお風呂に入れて、お風呂から生活廃水を流し浄化するということに取り組みました。



 その結果、1年も経たないうちに、こういう生活排水路にヘドロが溜まっていたのが完全にきれいになって、今では、三津湾のあちこちにアマモが生息するようになってきています。



 

 安芸津の隣の安浦町でもEMの活動が広がっております。ここも平成14年から、市民のグループが町から予算をもらって、年間120トンぐらいのEM活性液を、この野呂川の上流から流しています。その結果、3年間で400トンに及ぶ活性液が流れることによって、両岸のヘドロが消えて、このように、スジアオノリがびっしり生えて、きれいになってきています。



 

 そして、この三津口湾に昨年から、大量のアマモが発生するようになりました。これは、船から撮りましたけど、アマモがジャングルのように密集しています。瀬戸内海全域の中で、これだけのアマモが生息しているのは最大級だと言われて、今、学術的に大変今注目されています。



 

 そして、広島市では大田川を中心として、境浄化を進めています。太田川も昔は「水の都」と言われる程、とてもきれいな川でしたが、今はあちこちにヘドロが溜まって、大変に汚くなっています。



 

 それを昨年の9月から、週2トン、水から引いている時にEM活性液を投入し、更にEM団子を約6,000個ぐらい投入しました。その結果、2ヶ月後には、3センチのヘドロが消え、



 そして、1年経ちましたら、もう15センチもヘドロが消えています。そして、この上流下流ですね。川の水が満ちたり引いたりすることによって、どんどんこのEMが広がっていって、上流下流でも3センチから5センチくらい、ヘドロが消えています。そして、それが最終的に広島湾に流れていって、またそこから満ち潮で5つの川に戻ってきて、5つの河川が今きれいになっていくという現象が起こっています。しじみが採れるということで太田川は有名ですが、このEMを投入して、今では、2倍近くのしじみが採れるようになってきています。



 そのようなことで、広島県内では、もう既に20近くの自治体で官民一体の取り組みが進められています。瀬戸内海全域を見ても、山口県の橘町、愛媛県の上浦町、岡山県の日生町、そして今では大阪の道頓堀などですね。こういったところが、官民一体による町作り地域作りに、EMを取り上げて進めて下さっています。



 こうして、私達は、官民一体の町作りということで、EMに取組んできました。7年間、この瀬戸内海の地域での町作り、地域作りに取組んでいく中で、今いろんな意味で、EMの効果を実感することがあります。その1つが、「自然」というものはきれいにすることによって、「自然力」、「生命力」、そしてそれに伴なう漁獲などの「生産性」も上がってくる。EMの本質というものは、まさにこのきれいにするということにあります。きれいにすれば、おのずと自然がよみがえってくるということです。私達は、汚す生活に慣れきってしまっています。そうした中で、全てをきれいにする、そういう心の有り様というものが、これから大事だと実感しています。人の心もきれいにし、体もきれいにし、身の回りの環境もきれいにし、そして我々を取り巻く空気も水もそして土もきれいにしていく、このことがこれから求められるというふうに思っています。
 それから、2つ目に、1人の漁師から始まったこの運動が、今日ではこんなに大きくなりました。初めはこのようになるとは思ってもみませんでした。しかし、1つずつ、結果を出していこうということで取組んだことが、その証が引金になって、そして、次の展開に結びついて、そこで次の証が出てその証が、そして、だんだんとこれが広がったと思います。そういう意味で、私達はこうしたEMに取り組む中で、今自分の目の前にあることを1つずつきちっと取組んで、そして、そこに証を立てていくということが大事だと思います。いつも私達は、「飽きず諦めず焦らず」、成功するまで取組んでいこうと、そういう心持で、高い志を持っていく中に、人間としての向上も、そういう証なども許されていくというふうに思っています。
 そして、3つ目に「EM的に生きる」ということは、年数と共にEMに取組むことが、熟成する発酵技術のように、段々よりよいものになっていくということが必要だというように思っています。ですから、私達は年数を重ねて行くに従って、より内容を高め、また、自分自身も、そういう面での豊かさをいただけるように取組んでいきたいと思っています。そういう意味で、どうかそれぞれの立場の中で、また、皆さんもそういう取り組みを進めてくださる事でいずれは自分自身も豊かになり、それがいろんな波及効果を呼んで、結果的に大きな働きになっていくというように思っております。
 以上、私の方からはこの官民一体による町作りということで発表させていただきました。この後は、池本さんの方から、社会化するためにどうするかということで、特に「産」ということを中心に発表していただきたいと思います。それでは、終わらせていただきます。ありがとうございました。

The Theater Event --------
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