EMフェスタ2003 > 発表大会

国際EM事例発表 No.08
2003.11.16
■ EMで甦れ水の郷
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河野 弘史(かわの ひろふみ)

柳川市長

生年月日 昭和11年(1936)9月21日生
昭和30年(1955)3月 伝習館高等学校卒業
昭和34年(1959)3月 早稲田大学第1商学部卒業
昭和34年(1959)4月 日本麦酒株式会社(現サッポロビール株式会社)入社
平成3年(1991)3月 サッポロビール株式会社理事に就任(埼玉支社長委嘱)
平成5年(1993)3月 サッポロビール株式会社取締役に就任(埼玉支社長委嘱)
平成9年(1997)3月 サッポロビール株式会社常務取締役に就任(九州支社長委嘱)
平成11年(1999)3月 サッポロビール株式会社社長特別顧問に就任
平成13年(2001)9月 柳川市長就任



 柳川市長の河野でございます。今日のEMフェスタに参加させていただきまして、まことに光栄に存じます。
 私は以前沖縄で5年間セールス活動をした事がございます。最初は私にとって、きわめて厳しい状況でしたが、家族や沖縄の人たちと共に、それを乗り越えた経験があります。それゆえ、私は沖縄が単にきれいな海と青い空だけの島でないということを存じています。その沖縄で、柳川市長として私が取り組んでいる一つのことを発表できることを非常にうれしく思います。


 まずは柳川の概要を申し上げます。九州の福岡県の南部、筑紫平野の一部に位置しております。面積は37.2平方キロメートル、人口は4万2千人、その面積のうち13パーセントは470キロメートルにおよぶクリークです。農業、漁業もさかんで、有明海に面していますので海苔や魚介類、珍味などが取れます。また観光、商業の町でもあります。年間110万人の観光客、そのうち約40万は川くだりをする人です。詩人北原白秋の生まれた所であり、うなぎのセイロ蒸しが極めて有名で、年間150万匹程度のうなぎを料理している町でございます。


 これは柳川市の市街の地図です。この地図はだいたい2キロ平方メートルですが、約2キロ平方メートルの中に、60キロくらいのクリークが入っているわけです。このあたりが柳川城の跡でございます。


 柳川の水路で川くだりをやっているところです。柳川の川くだりは、ゆとりと癒しの70分でございます。例えば山形県の最上川、和歌山県の瀞八丁、あるいは岐阜県の日本ラインみたいに急流を元気に下るというものではなく、船頭さんが竿一本でゆったり川をくだる70分のコースでございます。いつも船頭さんたちには、柳川のことをしゃべれよ、北原白秋先生の詩の一つでもうたえよ、と言っています。


 敬愛する北原白秋先生です。生涯で、童謡は1200くらいお作りになっております。皆さんご存知の童謡が極めて多いですが、それと同時に校歌やコマーシャルソングを200曲くらいお作りになっています。例えば静岡県の方がいらっしゃるならば、「ちゃっきりぶし」なんかも先生が作った作品です。生涯1万8千700の作品を残しています。
 11月2日に白秋祭を行います。酒造りメーカーの息子であった白秋先生ですので、帰去来の碑に私が献酒をしているところでございます。いわゆる記念の献詩の募集を毎年やっておりますが、1万編ちかくが、全国からまいります。
 これは去年、特賞を取った女子中学生ですが、彼女が読み上げているところです。


 白秋祭は、11月1日から3日にパレードを行います。11月2日が命日であります。いつもは昼間に川くだりをするのですが、この3日間だけは夜行います。4万2千の市民が一生懸命皆さまをご接待しているところでございます。130隻のどんこ舟、柳川の郷土芸能、踊り、大正琴、高校のブラスバンド、いろいろございます。最後は初冬の夜空に花火の打ち上げということになっています。


 この住民啓発用ちらしが、私どもにとってはエポックメイキングなちらしになりました。2年前の9月に、私が市長として初めて柳川市役所に行きました。10時から幹部会議が行われましたが、その席上、6つのプロジェクトを皆さんにお願いいたしました。企業誘致、これは税金が足りないから企業誘致なんですが、公益合併、EMによる掘割の浄化等をお願いいたしました。なぜEMによるものを考えたかといいますと、今考えたらまことに無謀ですが、比嘉先生の当時の本、「地球を救う大変革1・2・3」とその他3冊ほどございますが、これらの6冊の本を読んだだけで、よし、これでやる、と決めておりましたのでそれを言明したところでございます。
 まずは、私も含めて市の執行部、議員、市役所の職員も全員、まずはどうすればいいんだ、ということになりました。とりあえず、このちらしと、500ミリの活性液を1万5千本作り、全戸に配付することを決めて、このEM事業がスタートいたしました。概算で1千万くらい予算がいるかなと思い、9月の議会に要求したんですが、年間500万でいい、ということで494万円しかつけてくれませんでした。それを思い出すちらしでございます。


 婦人会、担当課にとりあえず1万5千本をお願いしましたが、婦人会の方はご年配の方が多かったので、担当課が一生懸命ボトル詰めをしているところです。お分かりになるかわかりませんが、5時半からやることですので、手がかじかんでる様子が写ってると、私は考えております。それを今度は201人の区長という人がおりますが、彼らの中には何人か反対するのも当然おりますが、それを説得しながら、各戸に配っている絵でございます。


 EM教室です。米のとぎ汁をどうやって使うんだ、どうやってぼかしを作るんだということは、本では読んでいましたが、実際分からない。そんな時、偶然柳川市で募集したら、8人だけインストラクターになれる人がおりました。それでも8人では足りないということで20、30人募集して、現在は38人体制になっております。彼らがあらゆる所でEMの教室をやってくれました。平成13年度から38回、1164人、14年度が79回、2293人です。13年の12月7日に、比嘉先生にお願いしましたら、柳川の市民会館で講演をしていただくことができました。「地球は有用微生物群で蘇る」ということをテーマにしたもので、ちょうど定員いっぱいの千人が集まりました。干天に慈雨と言いますか、本当に天使が降りてきたんではないか、というほどありがたいことでございました。


 いよいよじゃぶじゃぶ作戦を開始しなければいけないということで、更に協力者を増やすために、観光協会が施行しているどんこ舟130隻に、とりあえず70分の所要時間にEM液を垂らしてまわれということで、医療用の点滴の装置で、まずは観光協会が協力してくれました。


 全家庭が500ミリじゃどうにもなりませんから、その次の段階として、水産加工会社の社長の協力で、まず2トンタンクを市で作りました。これは彼が横に立ってるところでございます。非常に良質のものをいつも作ってくれています。それと同時に柳川には7つの公民館があります。その公民館に全部、自由に取ってどんどん家庭で使ってもらうように、1トンと300リットルのタンクを設置いたしました。1トンの方は夏場は液を作れるようになっています。14年度はここだけの実績で、77トン作成というデータが残っています。


 これは私がEMの関係者に呼ばれて11月7日に島原で講演したときです。ここに見えるのが島原半島です。柳川と島原半島は非常に近いところにございます。その手前から島原の人に見せようと思ったんですが、これは心にやましいものがある方は見えない、ということになっております。まことにすいません。私たちの下水道が14年の4月から動き出しましたが、その時の最終処理センターです。
 有明海は現在病んでいます。かつて海苔が、柳川だけでも100億近くとれていたものが、今は最低の年には24億、今年も非常に色落ちやプランクトンの異常発生で苦しいんですが、また大変なことにならないように祈らずにはいられません。諌早湾の閉じた堰を我々はギロチンだと言っているんですが、その影響もあるでしょう。あるいは某鉱山の坑道の陥没によってヘドロ状態になっているかもわかりません。あるいは気候の条件があるかもしれません。しかし有明海には、周囲の川から全部流れてきますので、ここをきれいにしなければいけない。一番いい方法は砂を撒く方法と、ヘドロを取り上げることなんですが、数十億単位の話なのでうまくいかない面もございます。そういう意味でここに書いてあります。


 漁協の婦人部の人たちも必死です。とにかくEM団子を奨励しました。去年からいろいろ研究をしていましたが、今年は漁協の婦人部の人たちが一生懸命作って、今現在8万個ほど作っております。
 海苔の養殖の風景です。有明海独特の寒風に吹かれながらこういう作業をするんです。EM団子はこうやって作って、発酵させて乾かして海に入れます。多分彼女らは一生懸命に今年の海苔の豊作を祈って投げ入れてるところです。


 このEM団子を作るのに一番いい方法はなにか、今まで定説がございませんので、市も含めてどれが一番効果があるか、模索、研究中でございます。我々はガタというんですが、泥土は山ほどございます。その泥土を10キロと、焼土と我々はいいますが、乾燥した土を10キロと、それから活性液を2、3リットル入れて混ぜ、ぼかし600グラムほどを今のところ入れていますが、それでいいのかどうか。また糖蜜も500ccほど入れます。これは1ヶ月近く干したものです。


 これはEM活性液を河川に投下しているところです。こうなりますともう最初お願いした婦人会ではかなわない面もありますので、今はシルバー人材センターを使っています。今のところ毎週15ヶ所に2トンのEM活性液を投入しています。そして来年以降はこれを倍増する予定です。それと同時に今言った泥団子をどれくらい撒くか、海に撒くと同時に川に撒きますから量をどうするか、川の方も今実験中です。どういう内容のものがいいか、どれだけの量をどこに撒くか、もう3年目になりますので、活性液の本当の意味のじゃぶじゃぶと泥団子でどうするか、ということで3年目が勝負ではないかと私は考えております。


 これは浄化槽の業者に協力を願い、業者が11箇所の浄化槽の中にEMを入れてるところです。今のところデータ的には透視度が極めてよくなっていると出ていますので、これも続けていかなければいけないと思っております。同時に公共下水道が去年の4月に開始しました。ところがそれによって大型の公共施設などの大型槽がちょっと遊んでおります。今度はこれをどうしようかと。当然ながら、答えは分かってますが、どういう形で活用してここにきれいな水を溜め込むか、あるいは水道水の節約にするか、ということに今年から来年にはチャレンジしなければいけない、とそういうふうに考えています。


 地元企業が協力してくれるようになりました。これはある鉄工所で、EMの活性液が元気があるかないかなどを顕微鏡で調べていましたので、さっそく市役所でも顕微鏡を購入いたしました。いろんな場所の透視度、微生物の状態が一目瞭然で分かります。またこのようなグッズをたくさん作っています。これは500リットルで、これはぼかしを作るときに使うもので、籾殻を使う場合手が痛いので、これを使ってぼかしを作っている人が多いんです。あるいは団子をこうやって作る。これらは経済的な用件を満たしていないのですが、鉄工所はこういうものにもチャレンジしてくれているようになっています。


 これは商店街の空き店舗利用のEMのセンターです。私の高等学校の同級生がやってくれています。柳川の商店街では20近い空き店舗がありましたが、最初の1年間を市役所が出すから是非入ってくれと言いましたら、丁度半分入りました。そのうちの一つです。ここではEM関係者のミーティングルームのようなものを2階に設けて、私に協力してくれています。
 農業に関しては顕著なデータが出ています。その一つは、ここで皆EM米を持ち寄っておいしさを比較して勉強しているんですが、この場合、味度が問題になります。新潟の魚沼産こしひかりが85°前後あるらしいのですが、去年はそれをオーバーする米が取れております。最高88°までとれました。しかし今年は天候不順ということで、新潟の方も悪いらしいですが、こちらも10ポイント近く悪い実りになっています。しかしそれでもEM米がおいしかったということで、去年は5キロ、2000円、2300円で売りましたが、本年はほとんど2500円とか、ある町は3000円で売っている。それはちょっと高すぎるんではないかと私は言っていますけど、ここはそのような情報交換の場になっています。


 それと、昨日の懇親会で、皆さんのテーブルに出させていただきました、トマトの件です。8年前に転職をした方がトマトを作っています。EM、ストチューと、下には貝殻を敷き、排水状態をよくしています。そういうことをやりながら、反あたりの収入がようやく600万円、1メートル四方で2万円、5反作っていますので、どれだけ売り上げがあるかは皆さんで計算してもらってもいいんですが、そういう状態になっています。通常は枝を広げた場合に、16段くらいしか重なっていきませんが、この場合はいろいろ工夫しまして、27段まで積み重なるので、それだけ収入も高いと思っております。この2つだけは農業できわめて顕著な実績が上がってるんではないかと私は思っています。
 EMをやって3年目になります。しかしこのEMというのは、やればやるほどいろんなことを考える余地があるものだというふうに考えています。例えばじゃぶじゃぶ作戦でも、団子でも、浄化槽の問題でも、大型槽、次はなにをしようかと、常に楽しみが浮かんでくる仕事だと思っています。
 それともう一つ、私は行政でこれを取り組むんだと言って、最初は500万円弱、2年目からは1千万円ちょっとでやっています。なぜ行政で取り組まないか、私は今でも疑問に思っています。例えば、道路一つ作ると数十億かかります。そのうち、市の場合だと4分の1は自己負担なんです。例えば30億の道路を作ったならば、7億5千万は市が払いなさいということになります。是非、すこしでもカットして、EM事業の方に1千万以下のものを出したらどうかと。今は箱モノなんて作る時代ではありませんから、そのあたりをどういうふうにして節約するか、それこそ市町村等でEMの大会でも開いて、成功事例を皆で積み重ねたい。そうすれば、その町村にも日本にもいい、すばらしいものになるんじゃないかと私は考えてます。やはりこれは組長の決断次第ですので、そういうふになるように住民の皆さんもがんばらなければならないんではないかと私は考えております。最後になりましたのでもうひとつ英語をしゃべらせていただきます。
 最後に私たちの主人、北原白秋の詩を歌いたいと思います。この詩は彼が柳川から遠く離れたところに住んでいたときに、柳川のことを想って詠んだ詩です。この詩は彼の柳川に対する深い愛情を示しています。この詩を詠み、歌うたびに私は柳川の守るべき伝統や環境を再認識しています。
先生が亡くなる1年前に作られました望郷の詩でございます。


 この絵は非常に平和な柳川を象徴しています。これは川くだりではなく川のぼりの絵です。川くだりは縁起が悪いから、こういう花嫁姿ではやらないんです。ちょうどある神社からのぼりまして、すぐ横の料亭まで来たところです。柳川にゆかりのある方がいらしたら是非川のぼりでお二人の将来を誓い合っていただきたい。


※河野市長、帰去来を唱う。
 どうもありがとうございました。

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